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東京高等裁判所 平成10年(ネ)601号 判決

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人日立建設株式会社は、控訴人に対し、原判決別紙第二物件目録記載のすべての建物を収去して、同第一物件目録記載の土地を明け渡し、平成六年一月一日から右明渡し済みまで六か月につき金四一万五四二〇円の割合による金員を支払え。

3  被控訴人鈴木健司に対する控訴の趣旨

(主位的請求)

被控訴人鈴木健司は、控訴人に対し、原判決別紙第二物件目録(一)及び(二)記載の建物より退去して同第一物件目録記載の土地を明け渡せ。

(予備的請求)

被控訴人鈴木健司は、控訴人に対し、原判決別紙第二物件目録記載のすべての建物を収去して同第一物件目録記載の土地を明け渡せ。

4  被控訴人瀬上総敏は、控訴人に対し、原判決別紙第二物件目録(三)記載の建物より退去して同第一物件目録記載の土地を明け渡せ。

5  被控訴人岡本清一は、控訴人に対し、原判決別紙第二物件目録(四)記載の建物より退去して同第一物件目録記載の土地を明け渡せ。

6  被控訴人山本ハツ子は、控訴人に対し、原判決別紙第二物件目録(五)記載の建物より退去して同第一物件目録記載の土地を明け渡せ。

7  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

主文第一項同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  控訴人は、原判決別紙第一物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を所有している。

2(一)  被控訴人日立建設株式会社(以下「被控訴人会社」という。)は被控訴人鈴木健司(以下「被控訴人鈴木」という。)から原判決別紙第二物件目録記載の建物のすべて(以下「本件各建物」といい、同目録記載の個別の建物を指す場合は「本件(一)の建物」のように表示する。)を譲り受けて所有し、本件土地を占有している。

(二)  仮に、本件各建物の譲渡が仮装されたものであるとしても、被控訴人会社及び同鈴木は、いずれも控訴人に対して本件土地を被控訴人鈴木から被控訴人会社に譲渡した旨を告げ、その旨の登記も経由しているのであるから、控訴人は民法九四条二項の第三者であり、そうでないとしても信義則上右譲渡が仮装されたものであると主張することはできない。

3  被控訴人鈴木は本件(一)及び(二)の建物に居住して本件土地を占有している。

仮に被控訴人鈴木が被控訴人会社に対して本件各建物を譲渡していないとすれば、被控訴人鈴木は本件各建物を所有し、本件土地を占有している。

4  被控訴人瀬上総敏(以下「被控訴人瀬上」という。)は、本件(三)の建物に居住して本件土地を占有している。

5  被控訴人岡本清一(以下「被控訴人岡本」という。)は、本件(四)の建物に居住して本件土地を占有している。

6  被控訴人山本ハツ子(以下「被控訴人山本」という。)は、本件(五)の建物に居住して本件土地を占有している。

7  本件各土地の賃料は六か月当たり四一万五四二〇円が相当である。

よって、控訴人は、被控訴人らに対し、所有権に基づき第一の一のとおりの判決を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  被控訴人全員

請求の原因1の事実は認める。

2  被控訴人会社

(一) 同2の(一)の事実は否認する。本件各建物の譲渡は被控訴人鈴木がその債権者からの追求を免れるために仮装されたものである。

(二) 同2の(二)の事実のうち被控訴人鈴木から被控訴人会社に対して本件各建物の所有権移転登記が経由されていることは認めるが、その余の事実は争う。

2  被控訴人鈴木

同3の事実のうち、被控訴人鈴木が本件(一)及び(二)の建物に居住していること、本件土地を占有していることは認める。本件各建物の所有者は被控訴人鈴木である。

3  被控訴人瀬上

同4の事実のうち、被控訴人瀬上が本件(三)の建物に居住していることは認める。

同5の事実のうち、被控訴人岡本が本件(四)の建物に居住していることは認める。

5  被控訴人山本

同6の事実のうち、被控訴人山本が本件(五)の建物に居住していることは認める。

三  抗弁(被控訴人鈴木、同瀬上、同岡本、同山本)

1  被控訴人鈴木の先代は、昭和一四年ころ控訴人の先代から本件土地を建物所有目的で賃借し、被控訴人鈴木は相続により本件土地の賃借人の地位を承継した(平成五年一月一日以降賃料は半年当たり四一万五四二〇円である。)。

2  被控訴人瀬上、同岡本、同山本は、被控訴人鈴木からそれぞれ本件(三)ないし(五)の建物を賃借している。

四  抗弁に対する認否

いずれも認める。

五  再抗弁

1  賃料不払による解除

控訴人は、被控訴人鈴木に対して平成五年一〇月九日到達の書面により平成四年六月分の賃料のうち金一万八五四〇円、同年一二月分、平成五年六月分合計八四万九三八〇円の賃料を一〇日以内に支払うように催告した上(以下「本件支払催告」という。)、同年一一月二日到達の書面により本件土地の賃貸借契約を解除する旨の意思表示を行った(以下「本件解除」という。)。

2  信頼関係の破壊による解除

(一) 再抗弁1に記載の事情のほか、被控訴人鈴木については以下のように控訴人との信頼関係を破壊した事実がある。

(1)  被控訴人鈴木は被控訴人会社に対して本件土地の賃借権を譲渡した。

なお、被控訴人鈴木は、右譲渡が仮装されたものであると主張するが、以下の点からすれば、右譲渡が仮装されたものでないことは明らかである。

<1> 被控訴人会社の代表者及び被控訴人鈴木は、控訴人に対して本件各建物が被控訴人鈴木から被控訴人会社に譲渡されたことを告げていた。

<2> 現在本件各建物の登記名義は被控訴人鈴木に戻っているが、本件訴訟が提起され本件土地の賃借権の無断譲渡が問題となっているにもかかわらず、登記名義の回復に約六年間を要している。

<3> 被控訴人鈴木から被控訴人会社へ譲渡された不動産は本件各建物だけではなく、本件土地付近の被控訴人鈴木所有の二筆の土地も含まれていたが、これら二筆の土地についてはその後被控訴人会社から第三者に譲渡されているから、右二筆の土地の譲渡が実体を伴ったものであることは明らかである。そうであれば、右二筆の土地の譲渡と一体となった本件各建物の譲渡も仮装されたものであるはずがない。

<4> また、被控訴人会社は被控訴人鈴木に対して本件各建物の代金として七〇万円を、登記費用として一七〇万円を支払ったほか、小口の貸金数口を有し、その合計は六〇〇万円余りになる。本件各建物には抵当権の負担がついているから、被控訴人会社は本件各建物の譲渡に関して相当の対価を支払っているというべきである。

(2)  仮に本件各建物の譲渡が仮装されたものであるとしても、被控訴人会社の代表者は控訴人に対して本件各建物を買い取った旨を告げた上「自分は事件屋でこういうことはうまい、訴訟になれば時間がかかるばかりで何の得もない。」等と言い、その数日後に控訴人が被控訴人鈴木に対して譲渡の事実を確認すると同被控訴人も右譲渡の事実を認め、そのため控訴人としては真実譲渡があったと信じざるを得ない状況となり、相当の手間と費用を使って仮処分の申立て及び本件訴訟の提起をせざるを得なかった。

(二) 控訴人は、平成一〇年一二月二日の当審第五回口頭弁論において以上のような事情によって控訴人と被控訴人鈴木との間の信頼関係が破壊されたことを理由に、本件土地の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1の事実は認める。

2  同2の(一)のうち、(1) の<1>の事実、同<2>の事実のうち本件各建物の登記名義が被控訴人鈴木に戻っていること、同<3>の事実のうち二筆の土地について被控訴人鈴木から被控訴人会社に、次いで第三者にそれぞれ所有権移転登記がされていること、同<4>の事実のうち本件各建物について抵当権が設定されていることは認めるが、その余は否認ないし争う。

以下のとおり、本件で被控訴人鈴木と控訴人との間で信頼関係が破壊されたとはいえない。

(一) 賃料の支払遅滞に関して賃貸人と賃借人間の信頼関係を破壊しない特段の事情があることは再々抗弁に記載のとおりである。

(二) 被控訴人鈴木は事業上の多額の負債を負い、これを整理するために控訴人の承諾を得て本件土地の借地権及び底地権を譲渡すべく買主を探していたところ、控訴人が平成五年九月に至って翻意し、底地権の譲渡を拒否した。本件各建物について被控訴人鈴木から被控訴人会社に対する所有権移転登記がされたのは、このような状況で債権者からの追求に困惑していた被控訴人鈴木が、被控訴人会社の代表者から「いつでも錯誤を理由に登記を戻せる」と言われ債務整理の方途として本件各建物の所有名義を被控訴人会社に移転することを勧められ、これを信じて行ったものであって、実体のないものである。現に被控訴人会社は本件各建物の譲渡の対価を支払っていないし、移転登記の後も本件各建物の賃借人から賃料を受け取っていたのは被控訴人鈴木であって被控訴人会社は本件土地の使用収益には一切関与しておらず、現在では被控訴人鈴木に所有名義が戻されており、被控訴人鈴木から被控訴人会社に対して借地権の譲渡がされたものではない。なお、このような仮装行為について地主である控訴人は民法九四条二項の第三者には当たらない。

七  再々抗弁

被控訴人鈴木に控訴人主張のような賃料支払の遅滞があったが、以下のとおり右債務不履行には信頼関係を破壊すると認めるに足りない特段の事情がある。

1  被控訴人鈴木が遅滞した賃料は平成四年六月分の一部(一万八五四〇円)、同年一二月分及び平成五年六月分にすぎず、平成四年六月分の一部は控訴人が一方的に通告した賃料の増額分である。

2  被控訴人鈴木は、平成五年の春先に控訴人方に赴き、被控訴人鈴木の負担する債務の整理のために本件土地を売却したいと申し入れ、控訴人から本件土地の全部を売却するのであれば協力する旨の了解を得た上その売却方に努力をしていたが、右申入れに際して本件土地の地代については売却の際に精算するものとされ、控訴人が底地の売却を拒否した平成五年九月までその支払が猶予されていた。

3  また、控訴人は本件支払催告があった後、本件解除の意思表示までの間に支払場所とされていた控訴人の母方に未払賃料を持参してこれを提供したが、その受領を拒絶された。被控訴人鈴木は、平成六年三月一一日に未払となっていた賃料全額を供託し、以後期日に賃料の供託を継続している。

4  本件土地の賃貸借契約は、昭和一四年ころ被控訴人鈴木の先代と控訴人の先代との間で締結され、長年円満に経過してきたものであり、被控訴人鈴木は控訴人が毎年のように一方的に提示する賃料の値上げにも異議なく応じてきている。

5  仮に本件の解除を認めれば、高額な借地権を消滅させることになる上、被控訴人瀬上ら本件各建物の借家人らの権利をも失わせる結果となってその影響は甚大である。他面、解除が認められない場合、控訴人と被控訴人鈴木との関係は従来と何ら変わりはなく、控訴人が損害を被るものでもない。

八  再々抗弁に対する認否

1  再々抗弁の冒頭の主張は争う。

2  再々抗弁1の事実はおおむね認める。

3  同2の事実のうち、被控訴人鈴木が平成五年の春に控訴人方を訪れ、本件土地を売却したい旨申し入れたことは認めるが、その余は否認する。控訴人は本件土地の売却には協力できない旨を被控訴人鈴木らに伝えている。

4  同3の事実のうち、被控訴人鈴木が控訴人の母方に来て未払賃料の支払を申し出たことは認めるが、右申出は解除の意思表示以後のことであり、また、全額の支払を申し出たものでもない。

5  同4の事実のうち、本件土地の賃貸借契約が戦前被控訴人鈴木の先代と控訴人の先代との間で締結されたこと、控訴人が賃料増額の通告をした際に被控訴人鈴木がこれに異議なく応じてきていることは認める。毎年賃料を増額しているのは、一挙に増額することは借地人側に酷なためであり、値上げ幅を小さくする代わりに毎年わずかづつ値上げをすることを借地人側も了解し、慣例となっていた。

6  同5は争う。

第三証拠関係

証拠関係は、本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

当裁判所も、控訴人の請求は棄却すべきであると考える。その理由は、次のとおり付け加えるほかは、原判決「事実及び理由」中の「第三 争点に対する判断」に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決書八枚目裏七行目冒頭から九枚目表三行目末尾までを次のとおり改める。

「一 請求の原因1の事実については当事者間に争いがない。

二  控訴人は被控訴人会社が本件各建物を所有して本件土地を占有していると主張するので、まずこの点について、すなわち被控訴人鈴木から被控訴人会社に対する本件各建物の譲渡が実体的な所有権の移転を伴うものであるかそれとも仮装のものであるかについて判断する。

証拠(甲一六、一七、一九ないし二二、乙一ないし九、一一、一九ないし二三、二四の1、2、二六、二七の1ないし4、二八ないし三一、丙一、四ないし六、証人鈴木幹雄、控訴人本人、被控訴人鈴木、被控訴人会社代表者)によると、以下の事実を認めることができ、乙三、一一、証人鈴木幹雄の証言、被控訴人鈴木本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は直ちに採用できない。」

二  同九枚目表五行目の「想うに」を「思うに」に改め、同九行目の「思い」から同一〇枚目表四行目末尾までを次のとおり改める。

「思うようになり、本件(三)ないし(五)の各建物に居住している借家人に迷惑をかけないように被控訴人鈴木の家族が居住している本件(一)及び(二)の各建物とその敷地部分の借地権を底地権と共に売却することを考え、控訴人にその旨申し出て協力を求めた。

2 控訴人はその時点では税金が高いことや本件土地は分割して売ることのできない土地であること等を告げ売却の承諾をすることはなかったが、これを明確に拒否することもなかった。しかし、同年六月ころにされた不動産業者の江口茂からの同様の打診や鈴木幹雄からの同様の申入れに対し、控訴人は底地の売却は断ることを告げた。

3 しかし、それでも被控訴人鈴木は本件土地を売却すべく買主を捜していたところ、平成五年七月に坪当たり七〇万円から八〇万円程度の買受申込を受けたが、底地は売却しないとする控訴人の意思を変えることはできず、本件土地の売却は不能となり被控訴人鈴木の債務整理の努力は万事窮するところとなった。」

三  同一〇枚目表六行目の「未払地代」を「平成四年六月末日支払分の賃料の不足額一万八五四〇円、同年一二月末日支払分の四一万五四二〇円、平成五年六月末日支払分の四一万五四二〇円の各賃料」に、同八行目の「従来」から一〇行目の「出向いた」までを「右催告において控訴人の住所地を選択的に支払場所として指示された控訴人の母岩崎キヨ方に右平成四年六月末日支払分の賃料の不足額及び同年一二月末日支払分の賃料を持参した」に、同裏五行目から六行目にかけての「そんな」を「そのような」に、一一枚目裏一〇行目の「原告」を「被控訴人」にそれぞれ改める。

四  原判決書一二枚目表二行目冒頭から同一四枚目表三行目末尾までを次のとおり改める。

「9 本件各建物についてはいずれも平成一一年一〇月一九日に真正な登記名義の回復を原因として被控訴人会社から被控訴人鈴木に対して所有権移転登記がされた。

控訴人は、被控訴人会社の代表者及び被控訴人鈴木が一致して本件各建物が譲渡されたことを告げていたこと、登記名義の回復に約六年間を要していること、本件各建物と同時に被控訴人会社に所有権の移転登記がされた二筆の土地についてはその後被控訴人会社から第三者に譲渡されているから、右二筆の土地の譲渡が実体を伴ったものであること、被控訴人会社は本件各建物の譲渡につき相当な対価を支払っていることなどを根拠として、本件の譲渡が仮装のものではないと主張している。

しかし、前記認定の事実によれば、被控訴人鈴木から被控訴人会社への本件各建物の所有権移転登記が債務整理の一環として債権者対策のためにされたことは明らかであり、右移転登記以後も本件各建物の賃料は被控訴人鈴木が受領しており、被控訴人会社がその使用収益に関わったことを示す証拠は存在しない(被控訴人会社が本件土地の賃借人として賃料の供託をした事実はあるが、そのことから直ちに使用収益の実態があるとはいえない。)。また、被控訴人会社の代表者は、被控訴人鈴木に対し本件賃借権の譲渡の対価として一五〇万円を、登記費用などとして約二〇〇万円を支払ったほか、何口かの小口の貸付けを行い、その総額は六〇〇万円を超えると供述しているが、他方で被控訴人鈴木は右一五〇万円は手形ないし小切手の割引代金として支払われ、割引された手形などが決済されていると供述していること、登記費用とされる二〇〇万円の大部分は不動産取得税である可能性が高く被控訴人会社はこれを納付していないこと(被控訴人会社代表者)、被控訴人会社代表者の供述する貸金の存在を認めるに足りる証拠は提出されていないが、そのようなものがあるとしてもこれを本件各建物の対価ということはできないことなどからすると、被控訴人会社が本件各建物の譲渡の対価を被控訴人鈴木に支払ったと認めることはできない。そして、本件各建物の登記が既に被控訴人鈴木に回復されていることも合わせ考えれば、本件各建物と同時に所有権移転登記がされた被控訴人鈴木所有の二筆の土地について更に被控訴人会社から第三者に対して所有権移転登記がされていることや、控訴人に対して被控訴人会社代表者や同鈴木が本件各建物が譲渡されたと告げたことを考慮しても、本件各建物の譲渡は実体を伴わない仮装のものであったというべきである。

被控訴人会社代表者は、控訴人との間で交渉がまとまらず借地権譲渡の承諾も得られなかった場合は控訴人に対し建物の買収請求をするつもりであったとの趣旨の供述をしているが、右は債務整理の一環としての手段について述べられたものとみるべきであり、必ずしも本件土地の実体的な所有権が被控訴人会社に移転していたことの現れということはできず、上記認定判断を動かすものではない。

また、控訴人は、本件各建物の譲渡が仮装されたものであるとしても、被控訴人会社代表者や被控訴人鈴木が一致して控訴人に対して譲渡をしたことを告げたこと等の事情からすれば、控訴人は民法九四条二項の第三者であり、あるいは信義則ないし禁反言の原則から同被控訴人らは控訴人に対して仮装であると主張できないとするが、所有権に基づく物上請求権の行使は、現実に建物を所有することによってその土地を占有している者を相手方とすべきものであるから、取引行為に適用される民法九四条二項は原則として本件のような場合に適用することはできないし、信義則ないし禁反言の原則によって同被控訴人らが仮装行為であることを主張できないともいえない。

以上のとおりであるから、被控訴人会社が本件各建物の所有権を有することを前提として被控訴人らに対し土地所有権に基づき建物収去ないし退去土地明渡等を求める控訴人の請求は理由がない。

二 右にみたように本件各建物は被控訴人鈴木が所有していると認められるので、次に控訴人の被控訴人鈴木に対する土地所有権に基づく建物収去土地明渡等の請求について判断する。

1  抗弁事実(控訴人と被控訴人鈴木との賃貸借契約の存在)及び再抗弁1の事実(控訴人が被控訴人鈴木に対して平成五年一〇月九日到達の書面により平成四年六月分の賃料のうち一万八五四〇円、同年一二月分、平成五年六月分合計八四万九三八〇円の賃料を一〇日以内に支払うように催告した上、同年一一月二日到達の書面により本件土地の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたこと)は、当事者間に争いがない。

2  再々抗弁について、すなわち被控訴人鈴木の賃料支払の遅滞について信頼関係を破壊すると認めるに足りない特段の事情があるか否かについて判断する。

被控訴人鈴木は、遅滞に係る賃料の支払について控訴人から猶予を得ていた旨主張するが、右遅滞賃料に関しては本件催告以外にも幾度か口頭の催告を受けたことは同被控訴人も自認するところであり、また、前記認定のとおり控訴人は本件土地の底地権の売却について当初明確に拒絶の意思を表示していたとは認定できないものの、その後平成五年五月ころにはその意思を明確に被控訴人鈴木らに伝えていたと認められるから、控訴人が遅滞に係る賃料の支払を猶予していたとは考え難い。

しかし、本件土地の賃貸借契約は昭和一四年ころから約六〇年間継続した長い歴史を有するもので、その間被控訴人鈴木あるいはその先代に債務不履行があったことを示す証拠はないばかりか、遅くとも昭和四八年以降は控訴人からの毎年の賃料増額の要求に対して被控訴人鈴木は異議なく応諾し続けてきたこと、本件の賃料支払の遅滞も平成四年六月分の一万八五四〇円は右増額に係るもので通常は次期の賃料に上乗せして支払えば足りるものとされていたことが窺え、実質的に問題とされたのは同年一二月分及び平成五年六月分の二期分の賃料にすぎず、これらの遅滞が生じたのは被控訴人鈴木の事業が不振で多額の負債を抱えたため同被控訴人においてこの時期に一時的に賃料の支払能力に欠けたことによるものであること、その間も本件借地権の処分によって遅滞賃料も含めた負債の整理をしようとして相当の努力をしていると認められること、また本件解除通知前後に、適法な提供とはならないが遅滞賃料の一部(催告額の半分以上)を控訴人の指示した支払場所である岩崎キヨ(控訴人の母)方に持参して支払を申し出たほか、平成六年三月には未払地代全額を供託し、以後各支払期に賃料の供託を続けていることは前記認定のとおりである。もっとも、二期分の賃料の支払の遅滞とはいっても半年払いとされていることから遅滞期間は一年以上に及び、しかも前掲各証拠によると解除の意思表示がされた後の平成五年一二月分の賃料も支払を遅滞したことが認められ、本件催告までにも幾度か口頭の催告を受けていることも考えれば被控訴人鈴木が賃料を遅滞した事情を軽視することはできないが、本件各建物について借家人である被控訴人瀬上らが半世紀以上にわたってこれに居住していることは控訴人も十分に知悉しているところであるから、このような借家人の事情も控訴人と被控訴人鈴木との間の賃貸借関係においては考慮せざるを得ない。

以上に述べた事情を総合すれば、本件における賃料支払の遅滞については、控訴人と被控訴人鈴木との信頼関係を破壊すると認めるに足りない特段の事情があるというべきである。このことは、次に述べるとおり、控訴人からの問い合わせに対して被控訴人鈴木が本件各建物を被控訴人会社に譲渡したと告げ、これが本件のような訴訟提起の原因となったことを考慮してもなお妥当するといわなければならない。

3  再抗弁2について、すなわち被控訴人鈴木の賃料の不払に加え、控訴人に無断で本件各建物の所有名義を移転して本件土地の賃借権を譲渡したことによって控訴人と被控訴人鈴木との間の信頼関係が破壊されたか否かについて判断する。

これら二つの事情から控訴人が被控訴人鈴木に対して不信を抱くことには無理からぬものがあり、特に本件各建物の所有名義が被控訴人会社に移転されそれが被控訴人鈴木名義に回復されるまで約六年を要し、その間被控訴人らの説明や主張、供述が一貫しないため控訴人としては処分禁止の仮処分を求め、あるいは本件訴訟における主張の構成に苦慮するなど多大の迷惑を被ったことがうかがわれる。

しかし、賃料の支払の遅滞につき信頼関係を破壊するとは認められない特段の事情のあったことは二の2に説明したとおりである。また、本件各建物の所有名義の移転は被控訴人鈴木が債権者からの追求を免れるため、債務整理を行うとする被控訴人会社を信じて仮装したにすぎないものであることは前記一項に記載のとおりであり、土地賃借権譲渡の外形はあり、また解除の意思表示をした時点では本件各建物の所有名義は被控訴人鈴木のもとに回復されていなかったが、現実には本件土地の使用収益関係に変化はなかったのである。土地の賃借権の無断譲渡については譲渡の相手方に現実に当該土地を使用収益させてはじめて解除原因ありとされるのであって、そのいずれも認められない本件の場合には、賃料不払の点を合わせて考慮しても、未だ解除原因としての信頼関係の破壊があったとまではいえない。

4  以上のとおりであるから、被控訴人鈴木が本件各建物の所有権を有することを前提として被控訴人会社を除く被控訴人らに対し土地所有権に基づき建物収去ないし退去土地明渡等を求める控訴人の請求は理由がない。」

したがって、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条一項本文、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 新村正人 裁判官 笠井勝彦 裁判官 田川直之)

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